平曲

天台声明からでた盲僧琵琶が、鎌倉時代の初めに成立した平曲(へいきょく)の
起源になったと言われる。琵琶という楽器は、古代から雅楽で用いられており、
これを楽琵琶という。盲僧琵琶と楽琵琶は構造が若干異る。盲僧というのは盲人で
僧形となっている者だが、仏門に入ったわけでなく、寺社に所属する賎民としての
扱いを受けていた。そうした僧形の盲人たちが平家滅亡の記憶も消えやらぬ頃、
平家物語の詞章を琵琶に合わせて語り諸国を流浪して歩いたのである。
平曲の詞章は平家物語であり、その作者といわれるのは信濃前司行長である。
徒然草(第244段)が伝える逸話によれば、行長は御鳥羽院の御代(1182〜1184)に
七徳の舞のうち二つを忘れたので『五徳の冠者』と異名をつけられ、
情けないと思い遁世した。慈鎮和尚が面倒をみるうちに行長は平家物語を書きあげ
生仏(しょうぶつ)という盲僧が作曲して語ったのが平曲の始まりという。
これは雅楽の衰退と新興の音楽の発生を物語る暗示に富んだ逸話である。
平曲は江戸時代の末期までは盲人組織の当道座が幕府の庇護を受けていたため保たれてきたが、
明治に入り当道座が解体されるとともに衰退。


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